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茨城県 筑波山で登山・ハイキング/コース&観光ガイド

Journal筑波山ジャーナル

2019.06.01| New Wave

"New Wave" of Mount Tsukuba #01
「Share the Trail」の空気を、
山から町場へも広げたい。

筑波山の新しい潮流=New Waveを、インタビューを通じて紐解いていくシリーズ。
初回は筑波大学芸術系の原忠信先生です。

茨城県が3ヶ年の予定で行っている筑波山・霞ヶ浦地域の観光促進事業(正式名称:筑波山・霞ヶ浦広域エリア観光連携促進事業 ※事業の背景などは[Prologue]をご参照ください)。そのプロジェクトの中心的存在となっているのが、今回お話をうかがう、筑波大学芸術系准教授の原忠信先生だ。
「つくば霞ヶ浦りんりんロード」のサイン計画をはじめ、茨城県内でさまざまな地域ブランディングを手がける原先生。大のアウトドア好きであり、研究テーマも遊びながらレジリエンス力(災害を跳ね返す力)を高める“PLAY RESILIENCE”。研究室にはいつでもおいしいコーヒーの香りが充満していたり、会議にはおしゃれな黄色いカーゴバイクで登場したり。笑顔が素敵でとっても気さくな原先生に、ネオ筑波山ブランディングについてお話をうかがった。

筑波大学の原研究室。入口からして楽しげな雰囲気が漂っている。

原忠信先生

うきうきする張り紙

 

——筑波山リブランディングにもつながる県の事業。原先生が携わることになったきっかけは何でしたか?

原 平成28年度の茨城県の事業で「筑波山地域における観光による稼ぐ仕組みの構築に係る調査」に、調査メンバーとして参加させていただいたことでした。「つくば霞ヶ浦りんりんロード」のクリエイティブディレクションにも携わらせていただいているので、その流れもあってお声がけいただきました。
その事業では、当初から筑波山のベンチマークと捉えていた高尾山をはじめ、「インバウンド」というところの可能性をさらに探るために、海外からたくさんのお客さんが来ているニセコや白馬で現地調査を行ったり、地元の方々とのワークショップを行ったり。いろんな角度から筑波山というものを改めて探っていきました。
それらの結果をもとに、筑波山のリ・ブランディングとマップ・サインの整備を一体的に行うことで、筑波山の価値を高めようという今回のプロジェクト「筑波山・霞ヶ浦広域エリア観光連携促進事業」(平成30年度~)が始まったんです。

本日のコーヒーは、アウトドアカルチャーが盛んなポートランドのコーヒー豆

 

——3年前の調査では、どんなことがわかったのですか?

原 筑波山って、ガマや昭和レトロな観光のイメージが強いですよね。もちろんそれも一つの顔として素敵なんですが、山全体がそのイメージだけになってしまうのはもったいないよねって。それは調査メンバーが共通して感じたところでもありますね。だからといって、ばっちり装備して行く山でもなく、日常使いで遊べる山なんですよね。実際に、僕自身も自転車で遊んだりしていましたし、調査メンバーのひとりだったナムチェバザールの和田さん(※)も筑波山でよくトレイルランを楽しんでいらっしゃいます。
そんななかから、筑波山は日常で遊び倒せる山であり、いろんなレベルの人たちが遊べる「みんなの山」というコンセプトが徐々にできあがっていきました。2018 年度の「筑波山・霞ヶ浦広域エリア観光連携促進事業」では、そのコンセプトをベースに、マップやサインの整備とリ・ブランディングをセットで行うことで、筑波山の価値をもっと高めていこう!ということになったんです。
(※ 茨城県内でアウトドアショップ「ナムチェバザール」を展開する和田幾久郎代表)

2018年夏に行った筑波山調査の様子

 

——筑波山は昭和の香りのイメージは確かに強いですよね。そのまま平成を走り抜けて、ブランディングという面では長らく動きがなかったなというイメージです。

原 今回よかったのは、県の事業だったということですよね。筑波山はつくば市と桜川市と石岡市、3つの市にまたがっていますし、山岳信仰があり宗教的にも大事なところ。それぞれの自治体では動きづらい部分があったと思います。
さらに県が主導で、しかも僕らのような研究機関だけではなく、ナムチェバザールさんをはじめ、常陽アークさん(※2019年3月解散し、常陽産業研究所に統合)やターバンさんなど、民間のマインドがチームに入ってくださったことは、すごくよかったと思います。県と研究機関だけでは何か物を売るというのも難しいですから、直接的に経済をまわしていくことはできません。今回、事業をきっかけにステッカーや地図を販売してその売上をトレイル整備などに回していこうという流れが実現できたのは、民間メンバーあってこそだと思います。
それから、こういった地域のブランディングって、外から来てくださる方にアピールすることも大事なんですが、地元の人にプライドを持っていただいて、自分たちの地元ってこんなに格好いいんだって思っていただけることがもっと大事だと思うんです。実際、インターナルブランディングが成功しているところは、地元自体が本当に盛り上がっているんです。その機運が外から来た方のリピートにもつながっていきますし、そこで外の人がお金を落としてくれて、経済がまわって、トレイルがさらによくなって…という、いいスパイラルになっていく。それが筑波山でできたら最高ですよね。目指したのはそういうことなんです。

 

——「官・民・学」がいい具合に融合できた、画期的なプロジェクトですよね。それからもうひとつ素敵だなと思うのは、原先生やナムチェバザールの和田さんのように、本当にアウトドアが好きで、実際に自然の中で遊んでいる方が事業をリードしてくださっているということ。

原 僕は育ちが岩手なので、子どもの頃から山遊びが日常だったんです。友達と自転車で山に行って釣りをして、釣れないからそのままじゃばじゃば水遊びになって。原点はそういう子ども時代にありますね。あとは北国なのでスキーも好きだったんですが、それがだんだんバックカントリーなんかもやるようになって。そうすると雪崩の危険性も含めて自然と向き合わないとならない。自然を楽しむというのは危険と隣り合わせで、その中で遊ぶものという意識は身についているかもしれません。
海外のフィールドもけっこう経験しているんですが、たとえばグランドキャニオンには柵がないんです。日本は規制が多いという印象があって、そこまで過保護にしなくてもいいんじゃないかと思うところはあります。そのほうが自然と人間の関係は、もっと良いものになり得るんじゃないかって。その考えは和田さんも共通しています。規制するばかりでなく、自然に入る以上はある程度の覚悟を持つことを、当事者自身が意識することが大事だって。

 

——自然の中に入るときは、たとえ筑波山でも、きちんと事前に情報を得て自分の身を守るために自分で考える、ということが大事ですよね。筑波山でも遭難の危険はありますし、やっぱり自然の中に入る意識は必要ですよね。ところで原先生は、アウトドア好きなだけでなく、研究のテーマ自体もアウトドアに関係していますよね。

原 クリエイティブとアウトドアをどう結ぶか?みたいなことをやっていますね。遊びながら「レジリエンス力」を高めることをテーマにして、竈でご飯を炊いたり、雪山に入って漆器でコーヒーを飲んだりしています(「PLAY RESILIENCE Lab」Instagram @play_resilience)。サバイバルのマインドに近いものなんですが、それを難しく言うのではなくて、遊びながらやりましょう、という取り組みです。それが、住みやすいまちづくりや地域コミュニティの形成に役立っていけば良いと思っています。

原研究室の一角

 

——学びも遊びから、というのが素敵ですね。ちなみに原先生のフィールドで遊ぶ、というような感覚はアメリカのデザイン会社にお勤めだった頃に培った感覚なんでしょうか?

原 アメリカ人って、みんな遊ぶの上手なんです。なんでも面白い遊びにしちゃう。ロサンゼルスの会社にいた時は特に、日常的に同僚と山で遊んでいましたね。山の中の温泉を探しに行ってみたり、マウンテンバイクで遊んだり。サンフランシスコに引っ越してからも、まだ小さかった子どもを背負って近所の山に登ってましたね。

 

——そんな「遊び」の感覚と、3年前に生まれた「みんなの山」という考えがベースにあって、今回のスローガンの「Share the Trail」に発展していったのですね。

原 そうですね。同じひとつの山を、みんなで楽しもう、ということですよね。あと、調査と取材を兼ねて、昨年夏に漫画家の鈴木ともこさんと一緒に筑波山に登ったときに、海外の山で交わすあいさつ「Happy Trails!」がすごくいいですよねって話になったんです。日本人はシャイだから普段はあまり知らない人に話しかけたりはしないですけど、山では「こんにちは」とか「今日はどこまで登りますか」とか知らない人同士、自然と声を掛け合っていますよね。あのコミュニティ感ってすごく素敵だなって思うんです。その感覚が日常生活にも浸透していったらいいなって。山の「Happy Trails」が地上におりてきたら、筑波山エリア自体がもっと素敵になるんじゃないかって思ってもいるんですよ。

 

——山の中だけじゃなく、日常にも「Share the Trail」の感覚を広げていく、というのはワクワクしますね。それからトレイルマップでは、「マルチアクセス」にもこだわりましたよね。

原 筑波山には良いルートがたくさんあるんですが、よく知られているのは南側(つくば市側)のルートで、そこに人気が集中しているんですよね。だからGWや紅葉の季節になると、車も登山者も大渋滞してしまいます。それを解消するためにも、「筑波山に行くまで」も「山に入ってから」も、多様なルートがあることを地図を通じてお知らせしたかったんです。そのマルチアクセスというのも、コンセプトである「みんなの山」や「Share the Trail」とうまくつながりましたよね。

 

——今回、筑波山の新たなアイデンティティとなるロゴも作られましたが、最後までかなり試行錯誤されていました。

原 途中まで本当に迷走というか苦戦というか、全然ダメで…。どうしようヤバイ!っていうところで、最後に「Share the Trail」というコンセプトに立ち返って、見えてきたものがありました。

原先生による手書きのスタディ

筑波山には10本の定番コースがありますが、それらの距離を基準にして、10本のラインにしてみたんです。で、10本並べてきゅっと横にしたら、山並みみたいなものができあがって! そこからはもうパズルです。あれこれ並び替えていくうちに、筑波山の双峰の山並みみたいな形ができました。それぞれのコースの位置も、実際の位置関係とだいたい合わせているんです。南側のルートを正面に見て、北側のルートが透けて見えるような位置関係にしています。

試行錯誤のあと

決定したロゴ。筑波山の10本のトレイルが組み合わさって表現されている

それから紫色は、筑波山の愛称「紫峰」から。目を細くして見ると一色の紫に見えるような、微妙に紫のトーンを変えています。それでちょっと立体感のようなものを出していますね。
正直、とても追い込まれましたが、ロゴでも「Share the Trail」や「マルチアクセス」が表現できて、本当によかったです。できた、ということにさせてください(笑)。

 

——原先生は筑波山以外にも「つくば霞ヶ浦りんりんロード」など地域ブランディングをいろいろ手がけていらっしゃいます。素敵なプロジェクトがたくさんありますが、地域ブランディングの醍醐味みたいなものって、どんなところに感じていらっしゃいますか?

原 地域資源ってよく言われますが、みなさんよく「何もないんですよ…」っておっしゃることが多いんです。たとえば、茨城県って魅力度調査では最下位ということになっていますが、それを逆のベクトルで見たら1位じゃないですか。その調査指標を全部反転して調査したら、1位になれるということですよね。そんな風に、ポジショニングを変えられたら最高ですよね。そういうことが現実にできる…可能性があるのが、醍醐味なのかもしれません。
マーケティングで「イアハート効果」というのがあるんですが、授業なんかでも「最初に飛行機で太平洋横断した人は誰でしょう?」って聞くと、「リンドバーグ」って答えられる人は多いんです(出典 アル・ライズ「マーケティング22の法則」。)でも2番目に飛んだ人のことって誰も覚えてないですよね。バート・ヒンクラーという人なんですが、リンドバーグよりも操縦はうまかったそうです。でも結局は、最初に横断したリンドバーグのほうがずっと有名になっていますよ。だけど、3番目に横断した人はすごく有名なんです。アップルの「Think different.」キャンペーンにピカソやガンジーと一緒に登場したひとりで、アメリア・イアハートさんという女性です。イアハートは、男性から女性へ軸をずらしたことでみんなの記憶に残ったんですよね。つまり、軸をどうずらすかで価値が変えられるんです。そういう意味では、今回の筑波山も、プロジェクトチームの皆さまのおかげで、今までなかった軸をつくれたんじゃないかなと、思っています。

 

——筑波山も茨城県も、可能性は無限ですよね。では最後に、今後の展開を教えてください!

原 まずはサインの整備ですね。昨年度、楕円形に数字を入れたトレイルのマークができましたから、そのサインを山の中にも導入して、マップやフリーペーパー、WEB等とアイデンティティを統一していきたいですね。地元の方と一緒にワークショップをして、看板づくりをするのも面白そうだなと思っています。自分が作った看板がついていたら、愛着が湧きますよね。
ただ、どちらかというと現状の看板やサインは情報過多のところが多いので、今よりも減らしていく方向で考えています。その方がより自然、山の魅力が味わえるのではないかと。まずはガイドラインをつくって、少しずつ育てていきたいですね。

 

——サインが統一されるまでには、10年くらいはかかるのでしょうか。もっと!?

原 そうですね。でもすぐ終わっちゃうよりも、ちょっとずつアップデートされていった方が、生き生きしたものになっていくんじゃないかな。あとは、今の10コースだけでなく、ほかのルートを整備したり、トレイルメンテナンスの仕組みを作ったりできるように、いろんな人と一緒に議論を進めていきたいと思っています。がんばります!

 

——ありがとうございました。

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取材・文/根本美保子(TURBAN)
写真/合田裕基(TURBAN)

[ Profile ]
筑波大学芸術専門学群
ビジュアルデザイン領域 准教授
原 忠信(はら・ただのぶ)

1993年筑波大学芸術専門学群卒業。1997年Rhode Island School of Design, MFA修了後、サスマン/プレジャ アンド カンパニー、マーチファースト、電通マーチファースト等を経て現職。専門はブランド構築、パッケージデザイン。近年は、自転車やアウトドアに関わるデザインプロジェクトに携わっている。
「竈プロジェクト」
http://www.geijutsu.tsukuba.ac.jp/~cr/kamado/


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