2019.07.22| Book Review,MountBooks
家の中でも、都会の真ん中でも、筑波山でも。開けば心は、山の世界へ。山がもっと好きになるブックレビューのコーナーです。
表題作は、朝起きるなり「今日は、山へ行こう」と思い立った、とある小説家の1日を描いている。
山といっても自転車でいける近くの里山。装備は不要だが、水は必要だ。おにぎりとチョコボールも買っておこう。
いそいそと出発するものの、子どもや編集者、電気屋と言った雑事が彼に付きまとい、どうしても山にたどりつけない。切望していた山への想いが、徐々に薄れ、また今度でいいかもと考え始める……。
『山へ行く』は、小説家・生方正臣を狂言回しに据えた連作集である。生方は主役にも脇役にもなるし、知人や家族が主役を務めるエピソードもある。
anywhere but here(ここではないどこか)がすべての作品の共通テーマになっており、過去、現在、未来。日常と非日常がないまぜになる瞬間を人間ドラマ・SF・ファンタジー風味と、さまざまなスタイルで見事にまとめている。
天才の力量を改めて見せつけられるし、この1作で萩尾ワールドのさまざまな側面が味わえる。<ここではないどこか>シリーズは『スフィンクス』『春の小川』と計三冊あり、生方は折々で登場していく。どこから読んだって、面白い。
文/峰典子