2023.04.11| Book Review
家の中でも、都会の真ん中でも、筑波山でも。開けば心は、山の世界へ。山がもっと好きになるブックレビューのコーナーです。今回は、朝ドラ『らんまん』でも話題の植物学者・牧野富太郎さんの山にまつわるエッセイ集『牧野富太郎と山』。植物の先生と一緒に野山を歩き回っているような気分を味わえる一篇です。
「朝な夕なに草木を友にすればさびしいひまもない」
とは牧野富太郎の一首である。酒造業を営む裕福な商家に生まれ、のちに「日本の植物学の父」と称された。生まれながらに草木に魅了され「植物の愛人としてこの世に生まれきたように感じる」ほどに野山を歩き回ったという。歳を重ねても身体が動く限り草木の観察を続け、そのアグレッシブさは志賀直哉も舌を巻くほどであった。
『牧野富太郎自叙伝』のなかで、こんなことを語っている。「私は今年七十八歳になりましたが、心身とも非常に健康で絶えず山野を跋渉し、時には雲にそゆる高山へも登りますし、また縹渺(ひょうびょう)たる海島へも渡します。さて私の健康は何より得たかといいますと、私は前にいった様に、幼い時から生来草木が好きであったため、早くから山にも行き野にも行き、その後長い年月を経た今日に至るまでどの位歩いたか分かりません」
この『牧野富太郎と山』では、94歳で亡くなる直前まで訪れていた山々について書き残した39のエッセイを選出。山の魅力についてはもちろんのこと、植物の学名や地理、食べられる野草、高山植物に至るまで、網羅されている範囲は幅広い。
「草木の栄枯盛衰を観て人生なるものを解し得たと自信している」という牧野が、明朗快活に語るのを読んでいると、まるで植物の先生と一緒に野山を歩き回っているかのような気持ちになれる。エッセイに登場する山のデータも収載。植物の父とおなじ山々を訪ねてみるのも一興だ。
文/峰典子
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『牧野富太郎と山』
牧野富太郎 著 / 山と渓谷社 刊